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top > diary > 直木賞受賞ドキュメント
2003
Jul
30
AM0:00

Dear Friends,

 お久しぶりですぅー……のムラヤマです。
 本来ここが私の実家みたいな場所なのに、なんだか、放蕩ムスメが裏口からそうっと朝帰りする感じ。ほんとに、日頃ご無沙汰ばかりでごめんなさい。おまけにこのところ、公私ともにあれやこれやで忙しく、ゆっくり机の前にも座れなくて皆さんへのご挨拶がこんなに遅くなってしまったこと、どうか、許してね。
 7月17日夜のニュースや、あるいは18日の朝刊で賞のことを知った方たちから、本当にたくさんのお祝いのメールを頂きました。〈書店で直木賞作家の本を選んで読むことはあっても、これまで自分が勝手に好きで読んできた作家が直木賞を受賞するなんてのは初めてで、それが嬉しい〉という意味のことを書いてきてくれた方がとっても多かった。うん、私もそれ、すごく嬉しいです。皆さんからのメールを次々に開けながら読み進むうち、こういう人たちに支えてもらえる私はなんて幸せ者なんだろうと思ったら、なんだかこう、ふいに鼻がぐしゅぐしゅしてきて困っちゃったよ。受賞が決まった瞬間にもそんなふうにはならなかったのに、おかしいね。
 ――あらためて、言わせて下さい。みんな、ほんとにありがとう。
 でね、ここに何を書こうかなぁといろいろ考えたのだけど、日頃の不義理のお詫びといっては何ですが、こんなのはどうでしょう。選考結果発表の瞬間に至るまでの、当人しか知らないあれこれレポート。
 題して、『ムラヤマのいちばん長い日』。
 お暇な方は、どうぞおつきあい下さいませ。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ※ 前夜まで
 少なくとも選考会の前々日まではほとんど平常心のままだった。そんなもの、私が今さらくよくよ心配したからって結果が変わるものじゃなし、まあ首を洗って待っていましょうという心境だったのだ。
 とくに、毎日変わらず動物の面倒を見たり、ニワトリの産んでくれた卵をそうっと集めり、木を植えたり大工仕事をしたりという日常を送っていると、直木賞の候補だなんて何だか遠い国で起こっている出来事のようで、ちっとも実感がわかない。私が賞をもらおうがもらうまいが、馬や猫たちにはたぶん関係ないだろうしね。
 それでも、前日の夜、寝転がって見るともなく「クイズ・ヘキサゴン」を見ながら、ふと時計に目をやり、
 (げ、二十四時間後には結果が出てるのか)
 と思ったとたん、きゅううっと胃が痛くなった。
 (うーむ、今夜は眠れなかったりして)
 でも結局、枕に頭を付けるなり速攻で寝てました。しかも、爆睡。
 肉体労働は疲れるのよ。

 ※ 7月17日 当日
 受賞した場合はすぐに記者会見があるとのことで、作品が候補にあがっている人は、あらかじめ東京近辺で待機しておくというのが慣例になっているらしい。
 しかし、房総鴨川から東京までは、特急で二時間かかる。
 いくら候補になったからって受賞できると決まっているわけじゃなし(当たり前だ)、ほんとうは鴨川でいつものとおり作業などしているところへ結果を知らせる電話がかかってくる、というのが理想だったのだけれど、ほかの皆さまに迷惑をかける(可能性がある)ということで、とにもかくにも上京だけはすることにした。
 選考の結果が出るまで、各出版社の担当さんや知り合いの新聞記者さんたちと集まって待つ人も多いと聞くし、少なくとも候補作の担当編集者とは必ず一緒に待つものらしいのだけれど、
「お願い、それだけは勘弁して」
 わがままを承知で言ってみた。じつは以前、別の作品が別の賞の候補にあがったことがあったのだけど、一緒に待っている担当さんとは何を話していてもどうにも上の空になるし、お互い気を遣い合うことにもなるわけで、おそらく私がくたびれた百倍も相手のほうがくたびれただろうことを思うと、もうああいうのは御免、という気持ちだったのだ。だいたい、携帯の普及したこの時代、何もそうまでして電話にかじりついて待つこともいらんじゃないか。
 と、いうわけで、選考結果はとりあえず一人で聞き、それから(地団駄を踏むにしろ舞を舞うにしろ、とにかくひと呼吸おいてから)待ち合わせ、という手はずにしてもらったのだった。
 さて、せっかく上京するとなったからには、その機会を無駄にしたくない。
 選考会は午後5時から始まり、結果が出るのはどう早く見積もっても7時前だというので、ちょうど数日前に申し込みのあった雑誌『CREA』の取材をこの日の3時からにしてもらった(「えッほんとにその日でいいんですか? それどころじゃないんじゃ?」と何度も訊かれた)。そのあとは、出来る限りギリギリまで東京駅前の丸ビルで買い物をしていることにしよう。ちなみに、なんで東京駅かというと、もし万が一記者会見だなんてことになった場合は会場の東京會舘まですぐに行けるし、そうでなかった場合も、帰りの特急『ビューわかしお』にすぐ乗れるからです。もう、これ以上の場所はないってなもんである。
 この日の私の服装は、えりぐりの開いた白のブラウス(←顔が相対的に小さく見えるかなと思って)に、いつものジーンズ。もしも嬉しい結果が出たあかつきには下だけ着替えようと、黒いシルクサテンのパンツ(左側から見るとパンツだけど右から見ると巻きスカートに見えるお気に入りのやつ)と、ブラックパールのアクセサリーを駅のコインロッカーに入れてあった。
 4時過ぎ、『CREA』の編集氏と丸ビルの5階で別れ、いざ、お買い物開始。不思議とドキドキもせず、すぐに手元に没頭。なんたって世は夏物一掃セールの真っ最中、これで燃えなきゃ女がすたるじゃないですか。
 で、まずは某シャツ専門店でブルー系の木綿のシャツを数枚試着、ストライプのシャツブラウスを一枚ゲット(30%OFF)。それから、いっぷう変わった古着屋さん風のお店でサックスブルーの革に鋲が並んだ二つ折りのお財布をゲット(50%OFF)、わーい、お財布変えるの三年ぶりだ。こういうのって妙に嬉しい。それから、コンランショップでUNIVERSE何ちゃらと名のついた銀色のチョーカーネックレスに目を奪われるも、まあこういうのは今日でなくてもとあきらめ、別の店でモロッコ風の白い革の室内履きに目を奪われるも、ちょいと高かったのでそれもあきらめ、その後ふらりと入った初めての店で、何げなく手に取ったロングスカートに一目惚れ。メンズっぽいグレー地のピンストライプのスカートの上に、青みがかったかすり模様のシフォン地が縫いつけられていて、なんでも輸入の一点ものなんだそうな。勧め上手の店員さんに乗せられて試着したらますます惚れこんでしまい、
「すいません、これ着て帰っていいですか」
 言ってから(待てよ)と値段を見て、ちょっとだけ後悔した。
 でも、思いきってゲット。まあ、いいやね。受賞記念になるか残念記念になるかわからないけど、こういうのも出合いってもんだろうし。
 などと自分に言い訳しつつ、ふと腕時計を見たら、ぎょぎょっ。いつのまにか6時をとっくにまわっているではないの。
 いやぁん、まだ一階まで見終わってないのにぃ?!
 って、そうじゃなくって――じつは6時半からは、東京駅構内にあるステーションホテルのラウンジで待機、という約束になっていたのだった。一人で待つのは許してもらったものの、やはり、万一携帯が通じなかった場合にも別の連絡方法が可能な場所で待っていて欲しい、と言われたからだ。
 6時25分、コインロッカーから荷物を出して、ホテルへと移動。奥の小さなラウンジは携帯電話禁止になっていたので、かかってきたらすぐに席を立てるよう、いちばん出口寄りのテーブルについた。
 おなかと相談し、和菓子セットを注文。ちょいと表面の乾いた和菓子と、これまたちょいと湿った海苔巻きおかきを、ぬるめの煎茶とともに頂きながら、『BAD KIDS 海を抱く』のコピーに赤を入れる。というのも、もし〈嬉しいこと〉になった場合に限ってだけれど、急遽九月に『海を抱く』を文庫化しようという手はずになっていたからだ。
 しかし、どうにも集中できない。三行読んでは、ついフロントの向こうの壁かけ時計を見やって溜め息をついてしまう。
 もう7時10分前かあ。どうせもう結果は見えてるんだろうなあ。いや、イカンイカン、とにかく今はこっちに集中せねば、とまた三行読んでは、テーブルの端に置いた携帯を手にとって受信状態を確かめる。
 おまけに、隣のテーブルについたおじさん二人連れときたら、メニューを見ながらウェイトレスさんを相手に、
「アルコールはないの?」
「あ、はい。申し訳ありません」
「ふうん。じゃあ、アルコールランプもないの?」
「……は?」
 なんてな会話を延々やっているのだ。
 同じ行ばかり何度も目で追いながら、緊張にじーっと耐えて待っているうち、なんだか、こうして待っていること自体が夢の中の出来事みたいに思えてきて、どんどん現実感が薄まっていく。
 と、いきなり携帯がヴヴヴヴヴ、と振動した。
 (き、来ちゃったよ)
 ばくばくする心臓をなだめながら席を立ち、すぐそばのエレベーター脇へ走っていってボタンを押す。
「もしもし、村山由佳さんですか。日本文学振興会のSと申します。たった今、選考会が終わりまして……おめでとうございます、『星々の舟』が直木賞に選ばれました。石田衣良さんとのダブル受賞です」
 オメデトウゴザイマス、の一言を聞いたとたん、視界がぐらりと揺れたことを覚えている。ほんとですか、とうわごとのように訊き返したことも覚えているが、そのあと何と言って電話を切ったかまでは正直、あまりよく覚えていない。
 後日、このとき知らせを下さったSさん(初老の優しそうな紳士)にお目にかかり、
「あの瞬間、思わず『マジっすか』って口走りそうになって慌てて飲みこみました」  と白状したところ、真面目な顔でこう言われた。
「村山さんがそうおっしゃっていたら、僕も『なーんちゃって』って返しましたのに」
 ……そんなこと言われたら、たぶん、携帯落っことしてたと思う。
 ともあれ、7時15分、相方のM氏(鴨川でいつもどおり馬の世話をしていた)に電話。「とれちゃったよ」「マジかよ、おい!」(←この会話が、翌朝の朝日新聞朝刊にそのまんま載りました。恥ずかし)。
 そして、そのすぐ後に、物書きデビュー以来この十年間ずっとお世話になってきた集英社の〈隊長〉ことSさんに連絡。「すぐ記者会見の会場に駆けつけるからね!」と言う隊長の声もはずんで聞こえた。
 7時25分、『星々の舟』連載時の担当Oさんと、単行本制作時の担当Aさんがラウンジに駆けつけてくれた。二人とも、涙目。それを見て、初めて私も少しじぃんとなる。
 フロントの人に頼み、結果の電話を受けたエレベーターの脇に三人並んだ記念写真を撮ってもらい、8時40分ごろに始まる記者会見の前にとにかく少しでも何かおなかに入れなくてはと、丸ビルのお寿司やさんへ。
 その場で、Aさんがバッグの中から『星々の舟』を取り出した。何かと思ったら、もともとの帯をそうっとはずしたその下には、「直木賞受賞」の帯が! びっくり! もちろんそれは、万一受賞した場合を想定してのダミーだったのだけれど、その五文字を目にしたら、ようやくじわじわと実感が湧いてきた。
 カウンターの真ん前に本をたてかけ、帯をツマミにウーロン茶で乾杯。
 途中、私だけちょいと抜け、トイレで例の黒いパンツに着替え(フタのないトイレだったからかなり技術を要しました)、超特急で残りのお寿司をたいらげて、徒歩で東京會舘へ。梅雨の晴れ間の、気持ちのいい晩だった。
 会場には、いつもお世話になっている担当さんたちや記者さんたちがたくさん詰めかけてくれていた。みんなが心から喜んでくれているのが伝わってくる。
 控え室で、同時受賞の石田衣良さん、芥川賞の吉田萬壱さんと合流。まずは三人一緒の撮影となり、報道陣のフラッシュに取り囲まれる。輪の外側から見ていた担当さんが後で、
「バシャ! バシャバシャバシャ! って、そりゃもう、水族館の餌やりタイムのお魚みたいな群がり方でしたよ」と表現していた。いえ、私が言ったんじゃありませんてば。
 芥川賞の吉村さんの会見に続いて、衣良さんの会見が始まった。ついたての向こうから、彼のクールな話しぶりが聞こえてくる。
「皆さんが喜んで下さっているのを見るのは、とても嬉しいです。いいもんですね、直木賞って」
 うん、本当だね衣良さん、と思わず笑ってしまう。
 でも―― 今夜、選考委員の先生方の評価は下されたわけだけれど、読者の人たちの評価はこれからだ。物書き殺すに刃物はいらぬ、読者がそっぽを向けばいい……そうならない為に私に出来るのは、これから先もずっと、これまで以上の作品を書き続けようとひたすらもがくことでしかない。
 進行役の人が、すっとそばに寄ってきた。
「村山さん、そろそろです。準備よろしいですか」
 うなずいて立ち上がり、ひとつ深呼吸をする。大丈夫、アガってはいない。生放送じゃないのだし、覚えたセリフをしゃべるわけでもなくて、ただ訊かれることに誠心誠意答えればいいだけなのだから、何もこわがる必要はない。
 だからこの一瞬、脳裏をよぎった気がかりは一つだけだった。
 久々にかかとの高い靴なんか履いちゃったから、壇上まで行く途中で転ばないように気をつけにゃ。



FIN

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