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2009
Apr
02
PM16:42

 先日、NHKに出かけて、四週間ぶんのラジオ番組の収録をしてきました。
「英語ものしり倶楽部」――ちゃんとテキストも出ている教育番組ですが、いわゆる「お勉強~!」という感じは微塵もなくて、楽しく聴きながら英語を体感できる番組になっています。
 今回私が呼ばれたのは、以前翻訳した「不思議の国のアリス」(メディアファクトリー刊)を取りあげて頂けることになったからでした。
 講師の大杉正明先生も、リサ・ヴォートさんもほんとに素敵な方たちで、大杉先生のそれこそルイス・キャロル顔負けの駄洒落に笑い転げ、リサさんとは同じシロクマ好きの話題で盛りあがり……。時間を忘れるほど愉しい収録でした。
 番組の中では、翻訳の仕事をめぐるいろいろな話題とともに、リサさんが原文を、私が自分の訳文を朗読しています。
 四月いっぱい、毎週の本放送以外に、再放送も二度ずつありますので、よかったらぜひ聴いてみて下さいね。
 
 インタビューの併録されたテキストも、あわせてどうぞ。
 くわしくは、以下のHPでご確認下さい。
http://www.nhk.or.jp/gogaku/english/monoshiri/index.html

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2009
Apr
04
PM21:31

 数日前に、ようやく小説すばる連載『遥かなる水の音』の最終回を脱稿。142枚。ほんとにギリギリの進行で、担当の I さんもさぞかし肝の冷える思いをしたことと思う。申し訳ない。
 引き続き、『おいしいコーヒーのいれ方』のWeb連載第6回、および単行本にまとめるためのさらなる続きに着手。こちらもギリギリの進行で、担当のNさんは今ごろさぞかし肝の冷える思いをしていることと思う。申し訳ない。
 けど、もう頭がラリラリだよう……(。_゜)

 いつもなら、原稿を書かなくちゃいけないときほどかえって日記の分量が増える傾向にあるのだけど、さすがにここまでくると、もう字ぃ書くのイヤ、という精神状態に。
 なので本日は、かわりに恥ずかしい写真をのっけちゃいます。
 以前ここで(2月14日の日記で)、出来上がってきたら載せちゃいますとお約束したムラヤマのボンデージ写真なり。

 そんなものは見たくない! とお思いの方は、この先をスクロールしないように(^^;)

 うっかり見ちゃったひと、ごめんなさい。
 めったにないことなので、というかおそらく一生に一度しかないことなので、許して下さい。


  (心の準備のための空白です)


  (準備OK?)


  (どちら様もよござんすか? よござんすね?)
 

  (では、まいります!)





 え~、こちらは、ちょうどいま書店に並んでいる玄光社『フォトテクニック デジタル』4月号に掲載中。
 スキャンの都合で真ん中が切れていてすみません。
 撮ったのは幼なじみのフォトグラファー村尾昌美さん、同企画でこれまでに撮影された写真は以下の彼女のオフィシャルサイトに紹介されています。
 いろんなひとの、いつもとは違う姿が見られます。

 http://www.masamimurao.com/creative/index.html


 ふだんはスタティックで幻想的な写真や、ファッションページの写真なども撮っている彼女ですが、その一方で、俳優やダンサーや音楽家など「表現者」のポートレートはライフワークのひとつ。
 中でもこの雑誌の企画ページはおそらく、彼女にとっても冒険・実験・挑戦三昧といった位置づけのようで、撮っていて苦労もするかわりに愉しいのではないかなあと想像します。 
「いつもの由佳のイメージってブルーだけど、今回はぐっと違う感じで撮ってみようよ」
 と提案してくれた彼女に感謝。
 私にとっても、非常に刺激的な体験でした。ふだんは奥のほうに隠している『黒ムラヤマ』の部分が気持ちよく出せたし(笑)
 ちなみに、ここに写っている鎖や鍵は、どれも私のコレクションであります。何かのために集めるというのではないのです。ただ、好きだからつい手が伸びちゃう。

 写真は、近々パネルにしてプレゼントしてくれるそうな。
 うわ~い!(^^;)

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2009
Apr
06
PM19:22

 ミュージカルを積極的に観に行く人って、どれくらいいるんだろう。
 そう頻繁にではないにせよ、機会があれば見に行きたいと思う人って。

 たとえばニューヨークやロンドンなどでは、夜、大人のカップルがおしゃれをしてミュージカルを観に出かけるのがごく普通のことになっているけれど、日本にはまだそういう土壌が育っていない気がする。
「登場人物がいきなり歌い出す、あの不自然さがどうも駄目なのよねー」
 なんていう人もいるが、ショーとして観るなら、お芝居も歌も両方いっぺんに楽しめるわけだし、慣れてしまえばどうということもないのにな、と思う。
 そもそも人間は、歌う生きものなのだ。
 嬉しくても、悲しくても歌う。
 ミュージカルというのは、ある意味において、もっとも人間の人間らしいところが楽しめる舞台と言えるんじゃないか? と私などは思うのだけど。

 なんでこんなことを書いているかといえば、昨日、とあるミュージカルのイベントを見てきたからだ。
 この5月5日から月末まで上演されるミュージカル、『この森で、天使はバスを降りた』 ――もともとの原作は映画で、それがNYのオフブロードウェイのミュージカルになって大好評を博した。
 折しも2001年9月7日、あの9.11の起こるわずか4日前に幕を開け、テロでブロードウェイ全体が低迷するなか大盛況のうちに幕を閉じたこの作品は、年末には「ニューヨークマガジン」誌の今年の舞台ベスト10にも選ばれ、その後もアメリカ国内で200回以上も上演されているという。
 この五月に日比谷のシアタークリエで上演されるのは、その日本語版の初演、というわけなのだ。

 で、昨日のイベントはといえば、まず原作の映画が上映され、そのあとで5月のミュージカルに出演するキャストの方たちのトークショーがあり、そして最後にミュージカルナンバーが生で聴ける、という贅沢なものだった。

 久々に出かけていったお台場のメディアージュ。
 大スクリーンで映画を観るのも、この作品を観るのも、これまた久しぶりのことだった。
 原作となった『この森で、天使はバスを降りた』は、公開自体は何年も前だけれど、サンダンス映画祭の観客賞も獲っただけあって日本でもけっこう話題になったから、記憶にある人も多いのではないだろうか。印象的なタイトルだしね。

 私はこれを、どこかの国からの旅の帰り、飛行機の機内で観た。
 字幕がついていなかったから、細かい部分への理解は半分にも満たなかったと思うのだけれど、とにかくいい映画だったという印象だけは残っていた。
 で、今回、もう一度(こんどは字幕付きで)観ることが出来たわけだが――。

 いやもう、やられました。
 恥ずかしいくらい、ぼろぼろ泣いた。
 
 物語は、若い女性パーシーが刑務所から釈放されるところから始まる。
 過去に癒しがたい傷と後悔を抱えたパーシーは、ギリアドという辺鄙な町でバスを降りる。
 その町には一軒だけ、偏屈な老婦人ハナが経営する古い食堂があって、パーシーは保安官の紹介でそこに住みこみながら働くことになるのだが、閉鎖的な町の人々は、彼女を好奇と偏見の目でしか見ない。とくにパーシーが過去に殺人を犯していると知ったハナの甥は、彼女のことをひたすら疑い、監視し続ける。
 けれどある日、ハナが足を骨折したことから、パーシーは食堂を切り盛りするために孤軍奮闘することになり、それがきっかけでハナとも、そして甥の嫁シェルビーとも徐々に心を通わせ合うようになっていく。
 さらには、食堂を手放したいと考えるハナに、パーシーがひとつのアイディアを授けたことから、騒ぎはやがて町中を明るく巻きこみ、彼女はようやく人々に受け容れられていくかのように見えたのだったが――。

 悲劇というものは、いつ降りかかってくるかわからなくて、いったん降ってきたが最後、もう誰にも止めることは出来ない。
 物語の後半はもう、胸が痛くてたまらなかった。
 そう、「恥ずかしいくらい」泣きはしたけれど、まわりでも洟をすする音があちこちから響いていたから、あれを観て泣くのはきっと、恥ずかしいことではなかったんだろう。むしろ、ああいった物語に心動かされないとしたら、人間終わっている、という気もする。
 上映が終わり、場内が明るくなったあと、一緒に観ていた同居人と異口同音に、やられたねえ、と言い合った。
 文句なしの秀作。物語は幾重にも伏線が絡まり合っているのに、無駄なシーンもセリフもいっこもない。泣いたけど、お涙頂戴的なところは一切ない。或る意味ファンタジーとも言えるのだけれど、哀しいくらいリアルでもあって……。

 感動さめやらぬまま、ミュージカルのキャストの方々四人によるトークショーに突入。
 なんか、トークショーを観客の側から見るって新鮮だった。みんな、出てくる人をこういうふうな気持ちで迎え、こういうふうな気持ちで話を聞くんだなあ。

 この日の出演者は、パーシー役の大塚ちひろさん、ハナ役の剣幸さん、シェルビー役の土居裕子さん、ジョー役の藤岡正明さん、と豪華。
 ものすごく仲良しで和気藹々だという稽古場の雰囲気がそのまま伝わってくるようなトークも楽しかったが、ピアノ一台での歌の披露になったとたん、驚愕した。歌い始めた瞬間に、役者さんたちが誰もかれも、急に大きく見えたのだ。

 生の声ならではの迫力。
 その声が、一人、二人、三人と重なりあうことによってぐんぐん増幅していき、こちらの胸にぐいぐい届く。心臓をじかに手でつかまれるみたいに。全身の毛穴がひらいて、そこから音が、声が、しみこんでくる。
 まさに、圧巻。すごいなあ、プロって。
 映画と違って、生で、その場で演じられているものを間近に見るというのは、こちらにとってもものすごくエキサイティングなことなのだ。それこそ、いつ何が起きるかわからない。「今、ここ」にしかないものを目撃しているということへの緊張と、だからこその感動。

 映画と違うといえば、なんでも、ミュージカルのほうは結末が映画とは違うのだそうだ。もっと明るい、あったかい気持ちになれる物語になっています、とのことだった。
 なんたって、映画がここまで素敵だったのだ。私の好きな映画の、ベスト5の順位が変わってしまったくらいに。
 こうなるとやはり、オフブロードウェイの話題をさらったというミュージカルのほうも観てみたくなってくる。
 で、いま調べてみたら、詳細はこちらに載ってました。
 http://www.tohostage.com/konomori/index.html

 五月のGW明け、か。出かけてみるべかな。
 しかし弱ったな。こういう愉しいユウワクばかりあるから、原稿がなかなか進まないんだよな……。 ←結局イイワケ?(^^;) 




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2009
Apr
15
PM23:37

 昨日の話です。
 
 夕方6時半ごろ、集英社Jブックス担当Nさんにメールを送る。

「ご迷惑をおかけしております。
 すみません、あと小一時間!!! (>д<)」 

 Jブックス版の「おいしいコーヒーのいれ方」、Second Season の第三弾。
 Webでは第6回まで掲載されたのだが、単行本一冊にまとめるにはまだページ数が足りない。その不足分、最低でも60枚……というわけで、ここ数日、徹夜続きだったのだ。

 夜8時過ぎ、編集部に電話。とりあえず最後まではたどり着きましたが、Nさんは? と訊くと、どうしてもはずせない打ち合わせでお戻りが深夜とのこと。
 ウッホウッホ、しめしめ、しめしめ。
 なおも数時間、あたまから通していじくりまわし、ようやく夜11時過ぎ、メールに添付して送る。
 小一時間とは五時間のことなり。

 ああ……とにもかくにも終わったよ。書きあげてみればほぼ80枚の追加となった。連日の寝不足でへろへろなり。
 これで、残るはあとがきだけ。それさえ書けば、例年と同じく五月の末にJブックスが出せる。よかった……(TÅT)
 今回のタイトルは、『消せない告白』。例年どおり、サイン会も計画していますので、どうぞお楽しみに。

 しかしまあ、正直なところ、今年はいつになくしんどかった! 
 「小説すばる」誌上での短期集中連載『遥かなる水の音』と、Web連載の「おいコー」とがぴったり重なったからだが、どちらも集英社だったおかげで、担当のNさんと I ちゃんが連係プレーでサポートして下さったのがほんとにありがたかった。

 去年の「おいコー」だって週刊文春の『ダブル・ファンタジー』連載と重なってはいたけれど、週刊誌は一回が15枚、月にして60枚だったのに対して、今回の『遥かなる水の音』は月刊とはいえ一回が100枚前後、最終回は142枚。
 なので、二つの小説連載と、そのほかの細かいエッセイやコラムの仕事を全部合わせると、月産枚数は二ヶ月続けて作家デビュー以来最高を更新したことになる。
 うーん、書けば書けるんだってことはわかったけど……もう、しばらくやだな、このペース。脳みそにスが入る。(TÅT)

   ※  ※  ※

 そうそう、『ダブル・ファンタジー』で思いだした。
 『本の雑誌』4月号から新しく始まったコラム、「オビミシュラン」のページで、『ダブル・ファンタジー』のオビが選ばれていた。

 「ほかの男と、した? 俺のかたちじゃなくなってる」
 
 という、アレであります。
 栄えある第一回のミシュランだよ。やったね!(๑→ܫ←๑)ノ
 
 この新コラム、目的は「単行本の腰巻きに対する意識を、読み手、作り手の双方で高めていくこと」だという。
 勝手ながら、一部をちょこっと引用させて頂きます。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「ほかの男と、した? 俺のかたちじゃなくなってる」
 これが赤字で、デカデカと書いてある。思わず「えっ?!」と目を留めてしまうインパクトと、そのものズバリでなく、想像に訴える狡猾さを併せ持っている。「そんなこと分かるわけねーだろ」と思いつつも、どういうこと? と妄想を膨らませずにはおかない。
 更に、著者を知っていれば、「あの村山由佳が?」となり、驚きと引きは二倍となる。しかも、可愛らしい著者近影(←ココ注目!!(ΦωΦ) のついたPOPが一緒に立っているのだから、あざといとしか言いようがない。この二つで合わせ技一本。戦場でのオビとPOPの役割を、完璧に果たしている。

(『本の雑誌』4月号 「オビミシュラン」より)

 ※注・文中の ( ) 内は調子に乗った引用者によるものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 とまあそんなわけで、オビミシュランの評価は、最高三つ星のうちの二つ星半。まずまずでありました。
 何より、あのオビに込めたこちらの狙いと意図を、しっかり汲んで書いて下さっているので嬉しかった。
 見ててくれる人はいるもんだなあ……。

      ※  ※  ※

 昨日の東京は、昼過ぎから久々の大雨。
 その前日、二時間しか寝てないのに植木鉢全部にせっせと水をやっちゃったりして、ちょっと損した感じ。

 おとといの晩は幻冬舎の新しい女性誌『GINGER』の取材を受けた。
 じつはちょっと新しいことを始めようと、内緒の企画を準備中。
 もうじき御報告できると思うので、こちらも、乞うご期待! です。


 えー、さて、今日の写真は執筆中のもみじさん。いや、執筆してるのは彼女じゃなくて私なんですけど。
 昼寝にいちばん気持ちのいい場所がココであると女王様が仰せなら、しもべは黙って従う以外にないのです。はい。(* ̄ー ̄)





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2009
Apr
22
PM23:31

 携帯のアラームが鳴って、先ほどヨレヨレと起きたところ。
 ちょうど二時間の仮眠。ヨーデルでも歌いたい感じ。ヨーレヒヨーレヒヨー。

 しばらく日記が抜けたけれど、毎日、いろいろと、仕事してます。
 コラムを書いたり、エッセイを書いたり、対談したり、取材を受けたり、新刊や文庫のあとがきを書いたり、資料を読みこんだり、新しい短編小説を書いたり。いや、最後のはまだ「書いたり」はしてないな。脳内シミュレーション中。
 でも――いやはや、いつ何が降ってくるかわからないもんだなあ。 考えて、考えて、身のあることが何一つ浮かばずに絶望してもなお考え抜いて、ふっとそのこと自体を忘れかけた瞬間にいきなり下りてくるものがある。ああ神様ありがとう感謝しますありがとうありがとうありがとう! みたいな瞬間が。
 ま、要するに私が ネ申、なんだけどねー、ほーほほほほ!(๑→ܫ←๑)ノ

 ……冗談はさておき。

 ほっとした。ものすごく。

 さ。書くぞ。

    ※   ※   ※

 しかし今年は、ずいぶんと真面目に仕事してるなあ。
 本も、けっこう出ます。といっても単行本と文庫本あわせれば、の話だけれど。それも、いままでのペースに比べれば、の話だけれど。
 すでに1月に『ダブル・ファンタジー』が出たし、5月の末にはジャンプJブックス版の「おいコー」シリーズ最新作『消せない告白』が出るし、6月半ばには「おいコー」文庫版の『蜂蜜色の瞳』がナツイチにラインナップされ、7月はとあるエッセイ集が某社から文庫化される予定。
 そして、ちょうどいま発売中の「小説すばる」で最終回を迎えた長編小説 『遥かなる水の音』 は、11月に単行本化されることになっている。それまでの間に、もしかするとあちこち大幅に手を加える、かも、しれない。まだ考え中です。 

 今年の後半にかけて始まる小説の連載も、少なくともすでに二つは決まっている。
 ので、なかなか息が抜けません。
 でもまあ、気力体力ともに、無理の利くうちが花だから。
 
   ※   ※   ※

 少し前のことだけれど、ネットのニュースで、杉並区の和田堀公園に棲息するカワセミのことを読んだ。雄が雌に小魚をプレゼントして求愛中なのだそうな。
 翡翠、と書いてカワセミと読む。色からいったら、翡翠というよりは瑠璃じゃないかと思うんだけどね。

 八年くらい前、鴨川の山の中に三千坪の荒れ地を見つけ、農場を開拓しはじめた最初の頃。見よう見まねででっかいユンボ(パワーショベル)の操縦を習得し、池を掘って川の上流から水を引いた。
 何日も何日もかけて掘った土を別の場所へと移し、あたりを平らに均し、ようやく水の澄んできた池のほとりに初めて株立ちのネコヤナギを一本植えつけた、まさにその夕方――西日にきらきらする川のほうから、瑠璃色の弾丸がすーっと飛んできて、私の植えた木の枝にとまった。
 涙がでた。

 東京に移り住んだ今だって、一歩おもてに出れば春まっさかりなのだけれど、花を見ても風を嗅いでもいちいちきゅうきゅうと胸がしぼられるばかりなのは、その春に「参加してない」からなんだろうと思う。私とは無関係なところで、今年の春がどんどん過ぎていってしまう。置いてきぼりの焦燥感。
 
 ああ、早く原稿を仕上げて玄関前に花壇を作ろう、とあらためて思うのでした。

 (↑ だったらこんなの書いてないで早く原稿書けよ!)

 (↑ 担当諸氏の心の叫びを代弁してみました)

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